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ハッジの形

اليابانية - 日本語

المؤلف ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アッ=トゥワイジリー ، サイード佐藤
القسم مقالات
النوع نصي
اللغة اليابانية - 日本語
المفردات صفة الحج
大巡礼ハッジの行い方について詳しく見ていきましょう。

التفاصيل

⑧ハッジの形  ここではアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が私たちに明らかにし、そしてその教友(彼らにアッラーのご満悦あれ)に命じたところのハッジについて説明します。 ● マッカに滞在中の者、あるいはマッカ居住者は、タルウィヤの日[1]‐ズー・アル=ヒッジャ月[2]の8日‐の正午前にグスル[3]し、体をきれいにし、香水をつけてからハッジのためのイフラーム[4]に入ることがスンナ[5]です。イフラームに入るのは居住している、あるいは滞在しているその場所からで、その際には「ハッジのためにあなたの御許に馳せ参じます」と唱えます。一方キラーン(ハッジとウムラを同時進行する巡礼形式)かイフラード(ハッジのみを行う巡礼形式)を行おうとする場合は、イードの日‐ズー・アル=ヒッジャ月の10日‐にアル=アカバのジャムラ[6]の投石をするまでイフラームの状態のままでいることになります。 ● ハッジに臨む者はその日の正午前、タルビヤ[7]を唱えつつミナー[8]に向かいます。そしてそこで、ズフル(正午過ぎの礼拝)とアスル(午後遅くの礼拝)とマグリブ(日没後の礼拝)とイシャー(夜の礼拝)とファジュル(夜明け前の礼拝)を短縮の形[9]で、まとめずに[10]集団で行います。そしてその晩はミナーで過ごします。 ● ズー・アル=ヒッジャ月9日‐アラファ[11]の日‐の朝を迎えたら、タルビヤやタクビール[12]を唱えつつミナーからアラファへと向かいます。そして正午まで、アラファの領域に入る手前の場所に位置するナミラ[13]に留まります。 ● アラファの台地の区域: 東部は、アラファを見下ろしてその台地を囲む形で連なる山々までで、西部はウラナ峡谷の手前までです。北部はウラナ峡谷とワスィーク峡谷の合流地点、そして南部はナミラ・モスクから南に約1.5kmの地点までとされます。 ● そして正午過ぎたら、アラファへと向かいます。ウラナ峡谷の中ほどの場所にあるナミラ・モスクでイマームが説教しますが、それが終わるとズフル(正午過ぎの礼拝)のアザーン(礼拝時間に入ったことを告げる呼びかけ)[14]がなされます。それからイカーマ(礼拝開始の合図)が告げられ、イマームによってズフルとアスル(午後遅くの礼拝)が各々2ラクアに短縮され、まとめられた形で率いられます[15]。その際1度のアザーンと、2度のイカーマによって2つの礼拝が行われる形となります。尚、もしイマームと共にナミラ・モスクで礼拝するのが困難な場合は、滞在している場所で同行者と共に2つの礼拝を前述したような短縮・まとめた形で行います。 ● 礼拝が終わったらラフマ山の麓を目指してアラファの台地へと向かい、ラフマ山が自分とキブラ(ハラーム・モスクの方向)の間にあたる位置に場所を取るのがスンナです。その際、山を幾らか自分の右側にし、通行路が自分の正面に来るようにします。そして山の麓の岩の周辺に立ち、両手を上げ、畏れへりくだりつつアッラーのズィクル(念唱)やドゥアー(祈願)、イスティグファール(アッラーに罪の赦しを乞うこと)やタルビヤ、タハリール[16]などに専念します。その間乗り物に乗っていても、地面に座っていても、あるいは立っていても、歩っていても構いません。最も良いのは、本人が最も恐れ慎み、かつ専念することの出来る状態でしょう。 ● こうしてクルアーンとスンナに記述されたドゥアー(祈願)や、それ以外の好みのドゥアー、イスティグファール(アッラーに罪の赦しを乞うこと)やタクビール[17]、タハリール[18]、偉大かつ荘厳なるアッラーへの讃美、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に対する祈りなどを数多く唱えます。またその際に偉大かつ荘厳なるアッラーに対してへりくだり、かつ願い事を即叶えて欲しいという熱意と執拗さをもって祈ります。そして太陽が沈むまで、この状態を継続します。 ● もしラフマ山付近に赴くことが困難なようであれば、アラファのどこに留まって同様のことに専念しても問題はありません。アラファの台地は、ウラナ中心部を除いたその全てが立ち所なのですから。 ● アラファに立つべき時間: アラファに留まるべき時間は、正午過ぎから日没までです。そしてアラファに滞在したと見なされる最終時刻はズー・アル=ヒッジャ月10日のファジュル前までであり、ゆえに9日の午前中、あるいは夜中にアラファに入っても問題はありません。但しスンナは正午過ぎにアラファ入りすることです。また夜中にアラファに足を踏み入れた者は、例えそれが一瞬だけであっても、それだけでアラファの行事に参加したと見なされます。また「アラファの地に立つ」ということは文字通り両の足で立ち通すことではなく、乗り物の上であれ、あるいは地面の上であれ、その地に滞在することを意味します。そして、昼間アラファに入っておきながら日没前にそこを立ち去るのは推奨された行為を放棄することですが、それでハッジが無効となったり、あるいは贖罪が義務付けられたりするわけではありません。  ウルワ・ブン・ムダッリス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、彼は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がムズダリファ[19]でファジュル(夜明け前の礼拝)をしようとしているところにやって来ました…中略…それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼に言いました:「昼間であろうと夜であろうとアラファに立ち、それからこの礼拝を私たちと共に行い、またここを出発するまで私たちと共にここに滞在した者は、実にハッジを完遂し、その行を終えたのである。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[20]) ● そして日没を迎えたら、タルビヤを唱えながらアラファからムズダリファへと一斉に向かいます。その際には静粛さを保ち、自らや乗り物でもって人々をかき分けたりしないようにし、空間的にそうすることが十分な余裕がある時だけ歩を早めます。そしてムズダリファに到着したら、1つのアザーン(礼拝時間に入ったことを告げる呼びかけ)と2つのイカーマ(礼拝開始の合図)でもって、3ラクアのマグリブ(本来は日没直後の礼拝)と2ラクアのイシャー(夜の礼拝)をジャムァ・タアヒール[21]の形で行います。そしてその晩はそこで宿営し、タハッジュド[22]とウィトル[23]を行います。 ● ファジュルの時間帯に入ったら、その最初の時間帯のまだ周りが暗い内に、スンナの2ラクアをしてからファジュルの礼拝を行います。ファジュルを終えたら現在のムズダリファ・モスク周辺にあたる「アル=マシュアル・アル=ハラーム」へと赴き、キブラに向かって立ちながら、あるいは乗り物に乗りながら、あるいは座りながらアッラーをズィクル(念唱)し、タハミード[24]し、タハリール[25]し、タクビール[26]し、タルビヤを唱え、ドゥアー(祈願)します。そして崇高なるアッラーの次の御言葉が示すように、周囲が明るむ頃までこの状態でいます:-そしてあなた方がアラファから一斉にやって来たのなら、アル=マシュアル・アル=ハラームでアッラーをズィクル(念唱)するのだ。,(クルアーン2:198) ● もし「アル=マシュアル・アル=ハラーム」に赴くことが困難であってもムズダリファ全体が立ち所と見なされますから、その場でキブラの方角に向かってドゥアーするようにします。また正当な理由のある男女、及び弱者はその同伴者らと共に、月が見えなくなった時点で、あるいは夜の大半が経過した時点でムズダリファを去ってミナーへと向かうことが出来ます。そして彼らはミナーに到着したら、アル=アカバのジャムラ[27]に投石することが可能です。 ● それ以外の巡礼者たちは、太陽が昇る前に静粛さをもって、ムズダリファからミナーへと向かいます。そしてムズダリファとミナーの中間地点にあるムハッスィル谷に差し掛かったら、石が転がる位の速度でもって歩を、あるいは乗り物を速めます。尚、ムズダリファやジャムラートへ向かう道中で7個の小石を拾っておくことを忘れてはなりません。道中ではタルビヤやタクビールを唱えつつ進みますが、アル=アカバのジャムラに投石する前にはタルビヤを唱えるのを止めます。 ● ミナーから見て3本のジャムラの内最後のそれにあたるアル=アカバのジャムラに到着したら、既に太陽が昇っていることを条件に、7つの小石を投石します。その際ミナーが自分の右に、マッカが左側に来るようにして行います。そして投石の際には右手を上げて投げるようにし、逐一タクビールするようにします。 ● ジャムラに投げる小石は、ヒヨコ豆やヘーゼルナッツの実程度の大きさであることがスンナです。大きな石や、石以外の何か‐サンダルや靴下、宝石や金属類など‐を投げてはなりません。また投石のみに関わらず、周りの人を押しのけたりして迷惑をかけてはいけません。 ● そして投石が終わったら、タマットゥ(ウムラを終えてからハッジに移行する巡礼形式)とキラーン(ハッジとウムラを同時進行する巡礼形式)を行っている者は、犠牲を屠ります。もし自ら犠牲を屠る場合には、こう唱えます:「ビスミッラーヒ・ワッラーフ・アクバル、アッラーフンマ・タカッバル・ミンニー(アッラーの御名において。アッラーは偉大なり。アッラーよ、私のこの行いをお受け入れ下さい)。」 アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は白地に黒の斑点がある角の生えた2頭の雄羊を、自らの手で屠りました。そして(その際には)アッラーの御名を唱え、タクビールし、足を首の片面に置き(押さえつけ)ました。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[28]) また犠牲の肉を自ら食し、そのスープを飲み、困窮者に施すことはスンナです。望むならば、その肉を携帯して持ち帰ることも可能です。 ● 犠牲を屠った後は、男性ならば剃髪するか、頭髪を切るかしますが、剃髪の方がよりよいとされます。その際、頭部の右側から始めることがスンナです。一方女性は、指の第1関節ほどの長さだけ頭髪を切るだけに留めます。  アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラーよ、剃髪する者たちにご慈悲を。" (教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、頭髪を切るだけに留める者たちには(アッラーのご慈悲を乞うてくれないのですか)?"(預言者は)言いました:“アッラーよ、剃髪する者たちにご慈悲を。"(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、頭髪を切るだけに留める者たちには(アッラーのご慈悲を乞うてくれないのですか)?"(預言者は)言いました:“アッラーよ、剃髪する者たちにご慈悲を。"(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、頭髪を切るだけに留める者たちには(アッラーのご慈悲を乞うてくれないのですか)?"(預言者は)言いました:“そして頭髪を切るだけに留める者たちにも(ご慈悲を垂れたまえ)。"」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[29]